大判例

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東京高等裁判所 昭和49年(ラ)193号 決定

本件審判の申立は、父母が未だ離婚に至らない間に子の監護に関する処分を求めて申立てられたものであって、本来は民法七六六条の予想しないところであるが、本件当事者が別居のまま事実上の離婚状態にある(なお当事者の双方から離婚の訴―一方は反訴―が提起せられて現在審理中である)ことは前認定のとおりであるところ、現在四歳余である前記M子が父K方において監護されていることは一応人身保護法及び同規則にいう拘束には該ると解すべきものの(最高裁判所昭和四三年七月四日判決、民集二二巻七号一四四一頁)、前認定の事実関係からみると右拘束に「顕著な不当性」があるとまでは断定し難いから、母Yにおいて同法により子の引渡を求めることは困難といわなければならない。また現に子を監護していない親権者は、子を養育している者に対し、民事訴訟手続によって子の引渡を求め、その地位保全の仮処分によって子を手許にとり戻す方法等もあり得るが、子の幸福の点からみて好ましい方法でないことは明らかであろう。

このようにみてくると、本件の如く、父母が事実上の離婚状態に陥り且つその間に子の監護に関する協議が調わないときには、離婚の際の監護者の決定等に関する民法七六六条を準用ないし類推適用して、家庭裁判所は、監護に関する必要な事項を定め得るものと解するのが相当であるが、只以上にみた如く、本件にあっては、人身保護法によるべき程の緊急性は未だこれを認め難く、他方父母の離婚訴訟に伴う根本的な監護方針は早晩確定されるという情勢に在るのであるから、本件の審判に当っては、右のような見地から、子の幸福のために必要且つ相当な監護の方法は何かを決すべきものである。<中略>

抗告人は、幼児養育の継続性等の見地から現状の不変更を主張する。確かに、幼児の養育環境をなるべく変更しないことは充分考慮すべき事項ではあろう。しかしそれが絶対的な事柄でないのはいう迄もなく、殊に離婚(事実上の離婚を含む)の如き場合には、その際に力関係の支配することが多いのであるから、その点をも踏まえつつ、結局は子の将来の幸福のために、事を総合的に決すべきである(この点については、元来現在の拘束の当不当のみを判断すべき人身保護事件においてすら、婚姻中の父母間の幼児引渡請求等の案件にあっては、現に拘束中の一方の側の事情のみならず、他方との総合的見地に立脚して右拘束の当不当を決すべしとする前記最高裁判所の判決が参考とされるべきである)。

そうしてみると、前判示の各事実を比較衡量するときは、元来幼児は特段の事情のない限り生母の許で養育されることが望ましいのみならず、本件の母Y及びその現住居の人物的・経済的環境も良好のうえ、母Y方では子の養育を熱望しているにもかかわらず、父K方は些細なことからこれを拒否し続けており、その拒否は生母の養育を妨ぐるに足る特段の合理的事情に基くものとは認められず、又、母YがM子と別れ、会うことができなかった期間は本決定時において約一年一〇カ月となるが、M子が右空白期間の後母らと同居することにより一時的に受ける動揺は、上記のようなM子、母Y及びその父母の人柄、環境等からみて、M子に不幸な影響をもたらすようなものとは認められず、むしろ同女が四歳八カ月に達していることからみて、速やかに母との同居を図ることの方が同女の将来にとってより幸福であると認められるのであって、結局、子であるM子の幸福を主眼とし、これに前叙のような本件審判の暫定性を配慮すると、本件にあっては、当事者間の離婚又は別居解消が成立するまで監護者を母Yと定め、父Kに対しM子を右母に渡すよう命ずると共に、従前M子が父Kの膝下に在った事情等を考慮し、家庭裁判所調査官の指導助言の下に、父KがM子と面接交渉し得ることを認めるのが最も妥当な審判というべきである。

(古山 青山 小谷)

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